【TCGデザイン論】シャドウバースのゲームシステムの特徴というか問題点について
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リリース初日から今日にいたるまでいまだにシャドバをシコシコやっている。
(ポエム)
このゲームはもう楽しいとか楽しくないとかいうレベルではなくなっている。なぜ自分はいまだにこのゲームをプレイしているのか? 禅だ。日常に数滴の空虚を注ぐためにプレイしている。ゲームについて思考するための余白だ。自分にとってシャドバはゲームではなく禅であり、だからそこに楽しいとか楽しくないとかいう評価軸はない。あるのは禅をするか、禅をしないかという己の意思のみである。
しかし世に蔓延るほとんどのソシャゲがそうではなかろうか。ルーティーン化した空虚。重要なのは虚ろの海を掻き泳ぎながらそこに何を見いだせるか、何を自分の手元にたぐりよせられるかだ。眼前の世界を見よ、そこは君を生かす酸素に満ちている。しかしそれは探さねば見つからぬ。
(ポエム・315文字)
ひとつのゲームを長くプレイしていると、そのシステムについてつらつらと自分なりの考えのようなものが浮かんでくる。
なおこの記事では開発の個別のカードデザインについての強弱は一切語らない。全体かつ根幹のゲームシステム設計についてだけ見ている。
進化が事故のストレスを増幅する
シャドバでは進化すればどんな雑魚でも恒久的にクロックを強化できる。その値は初期ライフ20に対して+2/+2、MTGなら2~3マナオーラ相当の修整になる。
これが非常に強烈で、盤面展開で負けてる側は撃ち漏らしへのプレッシャーが極端に高まる。相手のボードを完全にスイープできない展開に対して、ライフレース上でのペナルティが大きい。
普通ならライフ20点のゲームにおける1/1は20ターンクロックであり、戦略的あるいは不運な配牌(手札事故)による放置が許容されやすい。
一方シャドバでは進化権を切るだけで7ターンクロックに育つので、ライフレースで負けている側はただの1/1ですら撃ち漏らしに強いペナルティがかかる。
そのせいでシャドバはハースストーン・クローンの中でも特に殲滅戦へのプレイ誘導が強烈な、超極端なテンポゲームになっている。盤面構築に猶予がない。
進化が0コストアクションのためクロック展開と両立できてしまうことがよりテンポゲーム性を拡大させてる面がある。
そもそもHSクローン共通の要素として、攻撃側が攻撃先(狩る相手)を選べる召喚酔い+ハント型の戦闘システムというのがある。
この戦闘システム下では、ボード展開で出遅れた側は先に着地させた相手によって一方的にこちらのクロックを狩られつづける=展開で一度出遅れると「負けっぱなし/Lose More」になる、というようなことを上述の記事で書いた。
だがこれに加えてシャドバでは、
・ヒーローパワーやテンション溜めのようなマナカーブから外れた展開への受け皿がない
・「どんな弱小クロックでも」「0コストアクションで」「恒常的に」クロックを強化できる進化システム
この二つが加わることで、結果としてマナカーブ通りにプレイできないこと=事故が他のゲームと比べて格段に死に直結しやすい、非常にストレスフルなゲームになったと感じる。
システム上事故が致命的になりやすく、しかもその事故をプレイヤーが直接的に体感しやすいゲーム設計になっている。
進化は攻め手も使えるのが問題
自分は以前、「HS型の戦闘システムでは受け手側がボードスイングしやすいorボードにかかわらず盤面構築できるようにゲームを設計しないとダメ」(要約)みたいな記事を書き、そのなかでシャドバの進化を受け手側のスイング・メカニズムの一つとして挙げた。
しかしそれは間違っていた。物事の一面だけしか捉えていなかった。
進化は受け手(盤面展開で遅れている側)のスイングだけでなく攻め手側のクロック増強にも使えるのが非常に問題で、これだとハント型戦闘の問題、すなわち受け手のLose More性の問題解決としては片手落ちになってしまう。
すでに設計され二年運用されているゲームに対してIFを言ってもしょうがないのだが、進化はデフォルトの+2/+2のサイズアップが不要だったのだろうと思う。
デフォルトは突進(HSでいうところの急襲)付与だけでよかった。そしてカード個別の能力によってサイズアップしたり、進化時能力がはたらいたりする。
こうすることである程度受け手側のスイング性は保たれつつも、撃ち漏らしに対する理不尽なまでのライフレースペナルティはなくなる。現状たびたび起こるワンサイドゲームへのストレスも多少は軽減されていたのではないかと思う。
さらにIFを重ねるが、デフォルトのサイズアップがなかったら、1ゲーム中の進化権をプレイヤーにもっとたくさん与えられただろうと思う。
HSクローンの中でも、進化はこのゲーム独自の差別化要素なので(広告でもしばしば強調される)、1ゲーム中に2回3回と言わず5回10回と行えたほうがゲーム性の特徴が際立つ。
これは単に進化権の初期値を5pとか10pにするということを意味するのではなく、たとえばターン経過で進化権が回復するとか、DQライバルズの「テンション溜め」のようにマナを支払うことで進化権の断片をすこしづつ蓄積させられるとか、いろんな設計がありえただろうと思う。
特にテンション溜めのような余剰マナの受け皿となるデフォルトアクションの実装は、前述した手札事故のストレスを軽減するうえでも役立つ。
現在の「限られた進化権の使い所を悩ませる」というリソースコントロール的なプレイ感も理解できるが、それよりはバンバン進化してバンバンスイングしていくようなプレイ感の方がこのゲームに求められるものにフィットするように思う。
よりスピーディで直感的、爽快感とスイング性の高いゲーム性(あとせっかく全カードにイラスト二種類用意しているわけだし)。
しかしこのどれも二年間運用されたゲームに付き合ったからこそ言える意地汚い後出しに過ぎない。
本職たるゲームデザイナーの産みの苦労は推して知るべしといったところ(でも国産TCGはデザイナーズノートがぜんぜん公開されないものだから思考過程が見られないのです……)。
いつかどこかの記事につづく。
でもTCGデザイン論について語ってます。
ウィクロスやって思ったのは、DMのシールドブレイク時に割りたい盾を「自分で選べる」という仕様、地味ながら戦闘のプレイフィール向上に寄与してんじゃないか(ウィクロスの盾は上から順番に自分で割れる)。攻撃成功の報酬として、割る盾を「自分の指で指し示す」という行為に身体性の快がある。
— I LOVE TCG (@twitTCGer) 2017年6月30日